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2008年5月 4日 (日)

レンタルソング

「最後に歌った歌、貸してくれない?」

 私は路上でギターの弾き語りをやっている。演奏の後に、いろいろと声を掛けてくれる人はいるが、そんな突拍子のないことを聞かれたのは初めてだ。ここ最近、目にするようになった男。一見、某イケメンプロ野球選手を彷彿させるアジア系外国人のような風貌。
音楽をやっているのか、いつもギターケースを持っている。

「前から聞いてて、すごく良いなって」
「それはありがとう…でも、貸すっていうのは」
「ある場所でこの歌を歌いたい」
「この歌を歌う?あなたが」
「そう、僕が。1回だけ」
「…あなた歌手なの?」

 そういうわけじゃないけどといって、男は私の横にあぐらをかき、ギターを取り出した。お世辞にもいいギターではないけど、手入れがすごく行き届いている。ギターを抱えた男はまるで別人のように見えた。はにかみながら歌いだした歌は聞いたこともないものだった。詞も、メロディーも…それよりどこの国の歌なんだろう。でも、すごく上手い。声も人の心に入り込むようなやさしさを感じる。貸すぐらいならいいか、悪い人じゃ無さそうだし。

「いいわよ、ほら、歌詞カードのコピーあげる」
「ありがとう…でも」
「どうかしたの」
「読んでくれる?」
「歌詞を?」
「僕、漢字を知らないから、歌詞分からない。歌も意味分からない。ごめんね。でも、何かとってもいい歌のような気がしたんだ。だれかとても大切な人に贈るような」

 彼は私が読んだ歌詞をすべてカタカナで紙に書き写した。
 カタカナだらけの歌詞が自分の歌でないようでとても可笑しかった。
「じゃあ、必ず返すから。ありがとう」
「ねえ、あなた生まれは」
 その問いかけには答えず、うつむいたままその場を去っていった。

 それから数ヵ月後。路上ライブの帰り支度をしていると、話がしたいと声を掛けてくる男性がいた。そばには外国人らしき女性が立っている。いつものファンという感じではないなと思った。

「ネットや口コミでやっとあなたを見つけることができました。実は義理の兄は僕たちの結婚式であなたの歌を歌ってくれたんです。とても感動的で、式もすごく盛り上がりました。それでどうしてもお礼が言いたくて、ずっと探していたんです」
「あ、あのときの。今、お兄さんは」
「兄は強制送還されました。滞在ビザが切れていたんです。妹にあたる妻は僕と結婚をしてこの町に残ることができたのですが。兄は僕たちが付き合い出して間もない頃から早く結婚するよう勧めていました。今、思うと兄はいつかこういう日が来ることを分かっていて、あえて急がせたのではないかなと思うんです」

 兄妹の出身国は今もなお、治安が安定せず、生活もままならない状況であることはニュースなどでしばしば採り上げられていた。

 ふと、あのとき母国の歌であろう歌をはにかみながら歌ってくれた彼の横顔が想い出された。

「日本を離れるとき兄が言ってました。 あの歌の意味がどうしても知りたいので向こうで日本語の勉強をするそうですよ」

 数ヵ月後、彼女の元に1枚のCDが送られて来た。
 ダウンロードされていたのはあの兄が流暢な日本語で歌った「最後に歌った歌」。
 それに少しいびつな漢字と平仮名で書かれたメッセージを添えて。

 ─遅くなってごめんね
港.jpg

  Photo by FLYTO

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