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2008年5月

2008年5月 6日 (火)

エスケイプ

(ここまで、来ればひとまず安心だ)
 ある夜、アパートの一室で一人の男が胸を撫で下ろした。
 だが、男は部屋の住人ではない。
 近くのコンビニで万引きを働いた後、発見した店員に追いかけられ、命からがらこのアパートに潜伏した、いわば犯罪者だ。

(後は警戒が解けるのを待つだけだ。それにしても無用心な住人だな)
 幸運にも玄関には鍵が掛かっていなかった。駆け込んだときは無我夢中だったため気が付かなかったが、あらためて室内に目を向けると何やら様子がおかしい。明かりが点いていないためはっきりしないが、荒らされたような形跡がある。
 男は音を立てないように室内に入り、一番窓側の部屋を覗いた。
 その瞬間、男は目を疑った。仰向けに倒れた女性の姿が見えた。
 その首筋には何やら紐のようなものが巻かれ、天井を見つめたまま微動だにしない。

(お、女の死体?)
 男は今すぐにでもこの部屋を飛び出したい衝動に駆られた。
 だが、寸でのところで思い留まった。万一、見つかってしまえば窃盗罪、住居侵入罪、どころか殺人容疑者になってしまう。とにかく落ち着いて行動することが先決だ。

 そのとき、電話の呼び出し音が静かな部屋に鳴り響いた。男は再び動揺した。
 RRRRRRR、RRRRRR、RRRRRR、ガチャ
「○○です。ただいま外出しております。御用の方は発信音の後にメッセージをどうぞ」
 留守番機能が作動し、応答メッセージを流れた。やがて、男の声が聞こえてきた。
「俺だけどさ、おまえ、部屋にケータイ忘れてったろ。今から持ってってやるよ。あ、そのまま泊まっちゃってもいいだろ。帰るのめんどくさいし。じゃあな」

(おい、おい、ちょっと待てよ)
 もう、落ち着いてはいられなかった。こんなところで鉢合わせになってしまえば、今度こそ逃げ切れない。コンビニの万引きで出頭すれば、まだやり直しがきくだろう。
 男は覚悟を決めて、部屋を後にした。

 しばらくして、部屋の住人が帰ってきた。一人暮らしをしている服飾の専門校生だ。
「あ、いけない。また鍵を掛けずに出掛けちゃった。今朝、課題の作品を持っていくのに、相当慌ててたからな」
 そのとき、電話機のディスプレイが点滅しているのに気づき、ボタンを押して留守番メッセージを聞いた。
「え、これから来るの? まいったな。部屋の中、片付けなきゃ」

 彼女は首にメジャーが絡まったマネキンを引き起こした。

横断歩道.jpg






Photo by HALTO

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2008年5月 4日 (日)

想い出コレクター

家に帰ると妹がおふくろに何やら相談事をしていた。

「ねえ、お母さん、教えてよ」
「忘れました、そんな昔のこと」
「いいじゃない、少しぐらい。あ、お兄ちゃん、お帰り」
「どうかしたのか」
「好きな人に初めてあげたプレゼントって何」
「何だよ、やぶからスティックに」
「お兄ちゃん、最近お父さんに似てきたね」
「──そのプレゼントがどうかしたのか」
「お母さんたら、少しも教えてくれないの」
「何だかね、贈り物をしたい人がいるんだって」
「へえ、おまえがね。でもそっちの話聞きたいな」
「ちょっと、何言い出すの」
「聞きたい、聞きたい」「いいじゃん、それぐらい」
「しょうがないわね」

そういって、おふくろはしぶしぶ
青春時代の思い出のページをめくり始めた。

「お母さんが好きな人に初めてあげたプレゼントは
 LUGGAGE LABELのミニバッグ。ポーチとでもいうのかな」
「おっ洒落~」
「吉田カバンって今でこそたくさんのブランドがあるけど
 20年前はそれぐらいしか、なかったんじゃないかしら。
 その人いつもジーンズのポケットにタバコやらライターやら
 財布やら車のキーやら突っ込んでいたから、危なっかしくて。
 それで『もう少しモノを大事にしてください』ってあげたの」
「それで、それで」
「もう、せっかちな子ね、貴女は。
 それからはデートの時には必ず持ってたわ。
 そうそう、その人ね、モノを大事にするようになったのは
 よかったんだけど、何でもかんでも入れるようになって
 いつもパンパン状態だったの、そのポーチが」

おふくろの思い出話を聞いた後、部屋に戻った。
だが、どうも気分が落ち着かない。
そのとき、突然、隣の部屋が気になった。

生まれて初めてといってもいいかもしれない。
オヤジの部屋に、それも無断で入ったのは。
仕事ぶりとは相反して整然とされた机まわり。
ノートパソコンは少しばかり埃をかぶっていた。
机の引き出しに目をやると鍵穴つきのものがひとつあった。
何気なく取っ手に手を掛け手前に引くと、意外にも開いた。
引き出しの中を覗いて驚かずにはいられなかった。
そこにはあの「パンパン状態」のLUGGAGE LABEL。
すでにラベルは剥げ掛けてはいたが、文字はかすかに読み取れる。
─何が入っているんだ
もう、好奇心は止まらなかった。
チャックを手前に引くと中には数え切れないほどの紙類。
映画の半券だった。
─デートは映画ばっかりだったってお袋が言ってたな
パンフレットはすぐかさばるが半券なら場所を取らない。
しかもそれを最初のプレゼントに蒐集しておくなんて
オヤジらしいやり方だ。

半券一枚一枚には記録と共に
当時のエピソードが凝縮されているかのようだった。
─「愛と青春の旅立ち」は初めてのデートのときだろうか
─「美女と野獣」なんて、ディズニーアニメまで観てるよ
─おいおい、「トップガン」なんて俺が生まれた頃だろ。
  どうやって観に行ったんだ、二人で
─あ、「ハリーポッター」か。小鳩にせがまれてみんなで行ったな
意外にもコレクションはハリーポッターで終わっていた。
─そうか、もうそんなになるんだ


夕食時、妹はまだ話の続きを聞きたがっていた。
「ねえねえ、その人とはどうなったの」
「プレゼントの話だけって言ったでしょ」
「もう、肝心のところじゃない、ねえ、お兄ちゃん」
「ん?ああ、そうだな」
「どうかした」
「今度、映画観に行かないか」
「映画?」
「そう、4人で」

                                          080426_1705~01_0001.jpg
Photo by FLYTO

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レンタルソング

「最後に歌った歌、貸してくれない?」

 私は路上でギターの弾き語りをやっている。演奏の後に、いろいろと声を掛けてくれる人はいるが、そんな突拍子のないことを聞かれたのは初めてだ。ここ最近、目にするようになった男。一見、某イケメンプロ野球選手を彷彿させるアジア系外国人のような風貌。
音楽をやっているのか、いつもギターケースを持っている。

「前から聞いてて、すごく良いなって」
「それはありがとう…でも、貸すっていうのは」
「ある場所でこの歌を歌いたい」
「この歌を歌う?あなたが」
「そう、僕が。1回だけ」
「…あなた歌手なの?」

 そういうわけじゃないけどといって、男は私の横にあぐらをかき、ギターを取り出した。お世辞にもいいギターではないけど、手入れがすごく行き届いている。ギターを抱えた男はまるで別人のように見えた。はにかみながら歌いだした歌は聞いたこともないものだった。詞も、メロディーも…それよりどこの国の歌なんだろう。でも、すごく上手い。声も人の心に入り込むようなやさしさを感じる。貸すぐらいならいいか、悪い人じゃ無さそうだし。

「いいわよ、ほら、歌詞カードのコピーあげる」
「ありがとう…でも」
「どうかしたの」
「読んでくれる?」
「歌詞を?」
「僕、漢字を知らないから、歌詞分からない。歌も意味分からない。ごめんね。でも、何かとってもいい歌のような気がしたんだ。だれかとても大切な人に贈るような」

 彼は私が読んだ歌詞をすべてカタカナで紙に書き写した。
 カタカナだらけの歌詞が自分の歌でないようでとても可笑しかった。
「じゃあ、必ず返すから。ありがとう」
「ねえ、あなた生まれは」
 その問いかけには答えず、うつむいたままその場を去っていった。

 それから数ヵ月後。路上ライブの帰り支度をしていると、話がしたいと声を掛けてくる男性がいた。そばには外国人らしき女性が立っている。いつものファンという感じではないなと思った。

「ネットや口コミでやっとあなたを見つけることができました。実は義理の兄は僕たちの結婚式であなたの歌を歌ってくれたんです。とても感動的で、式もすごく盛り上がりました。それでどうしてもお礼が言いたくて、ずっと探していたんです」
「あ、あのときの。今、お兄さんは」
「兄は強制送還されました。滞在ビザが切れていたんです。妹にあたる妻は僕と結婚をしてこの町に残ることができたのですが。兄は僕たちが付き合い出して間もない頃から早く結婚するよう勧めていました。今、思うと兄はいつかこういう日が来ることを分かっていて、あえて急がせたのではないかなと思うんです」

 兄妹の出身国は今もなお、治安が安定せず、生活もままならない状況であることはニュースなどでしばしば採り上げられていた。

 ふと、あのとき母国の歌であろう歌をはにかみながら歌ってくれた彼の横顔が想い出された。

「日本を離れるとき兄が言ってました。 あの歌の意味がどうしても知りたいので向こうで日本語の勉強をするそうですよ」

 数ヵ月後、彼女の元に1枚のCDが送られて来た。
 ダウンロードされていたのはあの兄が流暢な日本語で歌った「最後に歌った歌」。
 それに少しいびつな漢字と平仮名で書かれたメッセージを添えて。

 ─遅くなってごめんね
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天国から一番近い喫煙所

 念願のマンションを購入した。
 最上階のベランダから見下ろす絶好のロケーション。
 晴れた日は地平線がくっきりと見える。
 夜は夜景を楽しみながらビールで乾杯。
 無我夢中で働き続けた甲斐があった。
 
 ある日、夜景を見るためベランダに出ると
 タバコの残り香がした。
 まさか泥棒でも入ったのか。
 ん、待てよ、この香り…
 忘れもしない、ショートホープ
 10年前に逝去した親父の愛用品だ。

 若い頃から親父はヘビースモーカーだったらしい。
 だが、俺が生まれてからは家の中ではなく
 ベランダの隅っこで吸うようになった。
 「母さんがうるさくてな」
 いつもそんなことをブツブツ言ってたな。
 それでもやめなかったから肺ガンになっちゃたんだろ。
 そんなお袋も2年前病気で親父の元へ旅立った。
 そっちでは仲良くやってるの? 

 ベランダにはショートホープの残り香が続いた。
 不思議なことに奇妙さは感じなかった。
 むしろ帰宅してその香りを嗅ぐことに
 何か懐かしさと安心感を覚え始めていた。
 また、親父に会えたような…

 ふと、ある光景が浮かんできた。

 もしかしたら親父はお袋の目を盗んで
 このベランダに一服しに来ているのではないか。
 天国から一番近い喫煙所に。

 もし、俺に見つかったらこう言うんだろうな。
 あの頃と同じように。

 「母さんがうるさくてな」
高層ビル.jpg 

 Photo by FLYTO

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